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福岡高等裁判所 昭和30年(ナ)7号 判決

原告 恵濃寿 外一六名

被告 熊本県選挙管理委員会

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告が昭和三十年十月二十六日なした『昭和三十年四月三十日執行の熊本県菊池郡合志村議会議員および長の選挙に関する訴願人の異議申立に対し、合志村選挙管理委員会が同年七月七日なした異議棄却の決定はこれを取消す。昭和三十年四月三十日執行の熊本県菊池郡合志村議会議員および長の選挙は無効とする』旨の裁決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、原告等はいずれも昭和三十年四月三十日執行の熊本県菊池郡合志村議会の議員および長の選挙(以下単に本件選挙と称する)の選挙人であるが、訴外福島房勝は右選挙の効力につき合志村選挙管理委員会に対し異議を申立て、同委員会が同年七月七日異議棄却の決定をなしたところ、同人は更に被告に対し訴願を提起し、その結果被告は同年十月二十六日「本件選挙につき合志村選挙管理委員会のなした右決定を取消し本件選挙を無効とする」旨の裁決をなした。

しかして被告の右裁決の理由とするところは「本件選挙において合志村所在国立癩療養所菊池恵楓園(以下単に恵楓園と称する)に入寮中の選挙人百二十九名は、被告が公職選挙法施行令(以下単に令と称する)第五十五条第二項第二号の病院として指定した同園第一乃至第八病棟および西第九乃至第十一病棟の入院者でないのにかかわらず、不在者投票をなす旨を同園の不在者投票管理者である同園々長に申出で、同園長は令第五十条第四項に違反してこれらの選挙人はすべて指定病棟に在るものとして合志村選挙管理委員会の委員長に対し投票用紙および不在者投票用封筒の交付を請求したため、同委員長も亦これらの選挙人はすべて指定病棟に入院中の選挙人であるとして、投票用紙および不在者投票用封筒を右選挙人等に交付し、これらの選挙人は令第五十九条第一項による投票をすることができないのにかかわらず、指定病棟外において右規定による不在者投票を行つた。右のような不在者投票の瑕疵がある以上、本件選挙は選挙の管理執行の規定に違反したものというべく、しかも本件村議会議員選挙における最下位当選人と最高位落選人の得票差は一票、村長選挙における当選人と落選人の得票差は九票に過ぎず、違法に不在者投票をなした者は議員および長の選挙のいずれにおいても前記の通り百二十九名であつて右得票差を十分上廻つており、前記違反は選挙の結果に異動をおよぼす虞があるから、本件選挙は無効である」というのである。

ところで被告は昭和二十八年九月二十九日恵楓園の内第一乃至第八病棟および西第九乃至第十一病棟を令第五十五条第二項第二号の病院として指定したのであるが、本件選挙にあたり右病棟以外に在院する選挙人百二十九名は不在者投票をなす旨を同園の不在者投票管理者である同園々長に申出で、同園長はこれらの選挙人に代つて合志村選挙管理委員会の委員長に対し投票用紙および不在者投票用封筒の交付を請求した結果、同委員長は投票用紙および不在者投票用封筒を右選挙人等に交付したので、これらの選挙人は前記指定病棟外において恵楓園長を不在者投票管理者としていずれも不在者投票をなしたことは、右裁決理由の説示する通りである。

しかしながら元来令第五十五条第二項第二号所定の病院とは医療法第一条が定義しているところの病院と同意義であり、恵楓園も亦これらの法規に規定する病院に外ならない。そして令第五十五条第二項第二号は不在者投票に関し病院について指定することを定めているのであつて、病院の一部である病棟を限定して指定することはこれを許していない。指定の基準としてはただ昭和二十五年四月二十日付自治庁通達により概ね五十名以上の患者を収容するに足るベツドを有する病院を指定することとなつているだけで、右の要件を具備する限り病院の性格、規模、環境ならびに選挙の自由公正が確保されるかどうかというようなことは何等考慮されるべきではない。このことは令第五十五条第二項に規定された船舶、監獄、代用監獄および少年院に関しそれぞれその一部についての不在者投票の定めのないことから見ても明らかであり、被告以外の全国都道府県の選挙管理委員会において病院の一部について指定をなした事例は皆無である。又被告は恵楓園に隣接する国立結核療養所再春荘(熊本県菊池郡西合志村所在)に対しては病棟を限定することなくその全部につき指定をなしている。しかるに被告が前記のように恵楓園に限りその一部の病棟を限定して指定したことは明らかに違法であり、従つてその指定の効力は一部の病棟に限定されることなく恵楓園全部について生じたものといわなければならない。勿論歩行困難者以外の患者は選挙当日同園内に設けられる合志村第六投票所において一般投票の規定に基き選挙権の行使をなすのであるが、歩行困難者のすべてが被告の指定した病棟に入院しているのではなく、指定病棟以外にも歩行困難者は在院しているのであり、これらの人々は医師の適正な診断により一般投票をなすことができないと認められれば不在者投票をなすべきであつて、これにより選挙の自由公正が害せられる虞は毫も存しない。恵楓園長は同様の見解の下に前記のような不在者投票に関する手続をなしたものであつて、該措置は同園長が法令により与えられている不在者投票管理者としての権限に基き法令の規定に従つてなした適法な行為であり、何等の瑕疵も存しない。

なお仮に本件選挙に不在者投票についての瑕疵が存するとしても、それは当該投票の効力に影響をおよぼすだけであつて、選挙の無効事由となるものではない。

しかるに被告が本件選挙に不在者投票についての瑕疵があり、右は選挙の管理執行の規定に違反し、しかも選挙の結果に異動をおよぼす虞があるとして本件選挙を無効としたのは違法であることを免れない。

よつて被告のなした前記裁決の取消を求めるため本訴請求におよんだ。

と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

原告等がいずれも本件選挙の選挙人であること、訴外福島房勝が右選挙の効力につき合志村選挙管理委員会に対し異議を申立て、同委員会が昭和三十年七月七日異議棄却の決定をなしたところ、同人は更に被告に対し訴願を提起し、その結果被告が同年十月二十六日原告の引用するような理由を付して「本件選挙につき合志村選挙管理委員会のなした右決定を取消し、本件選挙を無効とする」旨の裁決をなしたこと、ならびに被告が昭和二十八年九月二十九日恵楓園の内第一乃至第八病棟におよび西第九乃至第十一病棟を令第五十五条第二項第二号の病院として指定したところ、本件選挙にあたり右病棟以外に在院する選挙人百二十九名は不在者投票をなす旨を同園長の不在者投票管理者である同園々長に申出で、同園長はこれらの選挙人に代つて合志村選挙管理委員会の委員長に対し投票用紙および不在者投票用封筒の交付を請求した結果、同委員長は投票用紙および不在者投票用封筒を右選挙人等に交付したので、これらの選挙人は前記指定病棟外において恵楓園長を不在者投票管理者として不在者投票をなしたことは、いずれもこれを認める。

しかしながら原告その余の主張はすべて失当である。

令第五十五条第二項第二号は都道府県の選挙管理委員会が、病院長を不在者投票管理者とすべき病院を指定することを定めているが、これは医療法所定の病院のすべてを当然右のような病院となすことは選挙の自由公正を害する場合があると考えられるので、都道府県の選挙管理委員会が病院の性格、規模、環境等を勘案した上選挙の自由公正が確保されると認められる病院のみを指定することを定めているのである。従つて都道府県の選挙管理委員会が病院を指定するにあたつては選挙の自由公正の確保という見地から前記事項を調査して指定すべきものであつて、病院の全部又は一部を指定するかどうかは専ら当該選挙管理委員会の権限に属するものといわなければならない。原告引用にかかる令第五十五条第二項所定の船舶に乗船中の船員、監獄、代用監獄および少年院に収容中の者はそれぞれ船長等を不在者投票管理者として当然不在者投票ができるのであつて、都道府県の選挙管理委員会の指定を俟つてはじめてできるのではない。従つて右船舶等についてその一部を指定するということはもとよりあり得ないものである。

しかして恵楓園は癩患者を収容する療養所であつて広大な面積を有し、完全に外界と隔離され、収容患者は昭和二十八年八月現在において約千五百名に達している。病棟は特別病棟、不自由者病棟および軽症者を収容する寮に区分されているが、患者の大部分は一般の寮に居住する軽症者であり、平素農耕や手内職などに従事していて殆ど一般の健康者と変りなく、ただ特殊の病気のため隔離収容されているにすぎない。実質的に見れば恵楓園はその全体が一つの大きな部落をなしており、その部落内に病院が存在するような形になつている。そして通常の病院に入院中の患者はその殆どが病院以外の場所に住所を有しているのに反し、癩患者は病院内に住所があるとされており、恵楓園の場合も亦然りである。従つて歩行困難者以外の患者は選挙当日同園内に設けられる合志村第六投票所において一般投票の規定に基き選挙権の行使をなすことになるのである。恵楓園に隣接する国立結核療養所再春荘に入院中の患者はその大部分が病院以外の場所に住所を有しているので、選挙当日一般投票のできる者は患者の極く一部分に限られ恵楓園の場合とは根本的に事情を異にしている。被告は以上の事情にかんがみ恵楓園全部を指定することは却つて実情に即せず、不在者投票制度が悪用され選挙の自由公正が害される虞があると認め、恵楓園長の申出により、歩行困難者を収容するところの前記特別病棟および不自由者病棟に限定して指定したのであつて、この指定は適法な権限に基くものであり、何等違法の点は存しない。そして元来恵楓園長の不在者投票に関する権限は被告の指定の範囲内で行使さるべきものであつて、被告の指定を無視してなされた不在者投票は違法であることを免れない。なお同園長は指定病棟以外の在院者を指定病棟に在る者として投票用紙および不在者投票用封筒を合志村選挙管理委員会の委員長に請求しているのであつて、同園長は原告の主張するように、被告の指定が恵楓園全部について効力を生じたものと解釈したとは考えられない。

次に本件不在者投票の瑕疵は選挙の管理執行の規定に違反したものであり、しかもその違反は選挙の結果に異動をおよぼす虞があるから本件選挙は無効であり、被告のなした本件裁決は適法であるといわなければならない。よつて原告の本訴請求は失当である。

と述べた。(証拠省略)

理由

原告等はいずれも本件選挙の選挙人であるが、訴外福島房勝は右選挙の効力につき合志村選挙管理委員会に対し異議を申立て、同委員会が昭和三十年七月七日異議棄却の決定をなしたところ、同人は更に被告に対し訴願を提起し、その結果被告は同年十月二十六日原告の主張するような理由を付して「本件選挙につき合志村選挙管理委員会のなした右決定を取消し本件選挙を無効とする」旨の裁決をなしたことならびに被告が昭和二十八年九月二十九日恵楓園の内第一乃至第八病棟および西第九乃至第十一病棟を令第五十五条第二項第二号の病院として指定したところ、本件選挙にあたり右病棟以外に在院する選挙人百二十九名は不在者投票をなす旨を同園の不在者投票管理者である同園々長に申出で、同園長はこれらの選挙人に代つて合志村選挙管理委員会の委員長に対し投票用紙および不在者投票用封筒の交付を請求した結果、同委員長は投票用紙および不在者投票用封筒を右選挙人等に交付したので、これらの選挙人は前記指定病棟外において恵楓園長を不在者投票管理者として不在者投票をなしたことは、いずれも当事者間に争のないところである。

ところで原告等は「令第五十五条第二項第二号は不在者投票に関し病院について指定することを定めているのであつて病院の一部である病棟を限定して指定することは許されず、従つて被告がなした前記指定の効力は一部の病棟に限定されることなく恵楓園全部について生じたものと解すべきである」と主張するのであるが、右見解はこれを採用することができない。けだし前記法条は病院に入院中の選挙人のなす不在者投票につきその病院の院長を不在者投票管理者とする特例を設け、関連する諸規定と相俟つてこれらの選挙人に対し投票をなすべき機会と便益とをできるだけ賦与しようと意図しているのであるが、一面斯様に特例の認められる不在者投票がややもすれば適正を失し選挙の自由公正を害する虞がなしとしないところから、右特例はすべての病院につき一律にこれを認めることを避け、都道府県の選挙管理委員会の指定する病院に限りこれを認めることに定めているのであつて、指定をなすと否と、従つて又病院の全部について指定するとその一部について指定するとはすべてこれを都道府県の選挙管理委員会の裁量に委ねたものと解せられるからである。都道府県の選挙管理委員会が指定をなすにあたつては、選挙法令の基本目的である選挙の自由公正の確保という見地に立脚してこれを決すべく、その際当該病院の性格、規模等の諸事情が考慮さるべきことは当然である。そして若し当該病院の全部につき指定することが選挙の自由公正を害する虞のある場合は、その虞のない程度において一部の病棟を限定して指定することも亦委員会の権限に属するものというべきである。原告等は令第五十五条第二項に規定された船舶、監獄、代用監獄および少年院に関しそれぞれその一部についての不在者投票の定めのないことを云々するけれども、右船舶等にあつてはその船長等が都道府県の選挙管理委員会の指定を俟たずすべて不在者投票管理者となることは法文の明定するところであり、従つてその一部についての不在者投票の定めのないことは当然の帰結である。又原告等は被告以外の全国都道府県の選挙管理委員会において病院の一部について指定をなした事例は皆無であると主張し、右主張事実は証人塚本新の証言、同証言によりその成立の認められる甲第三号証、第四、五号証の各一、二、第六号証、証人宮崎松記、同西尾公平および同早坂剛の各証言によりこれを認めることができるのであるが、右のような事実が存するからといつて、病棟を限定して指定をなすことができるという前記解釈を左右することはできない。しからば被告が前記のように恵楓園につきその一部の病棟に限定して指定したことをもつて直ちに違法であるということはできない。

勿論都道府県の選挙管理委員会が病院の指定をなすにあたり全然制限が存しないというわけではない。若しその指定が行政目的に著しく背反する場合は法令により与えられた裁量権の濫用に外ならないから、斯様な指定は違法無効であるといわなければならない。そこで被告のなした本件指定が裁量権の濫用にあたるか否かという点について以下判断を加える。

成立に争ない甲第九号証、前記宮崎、坂本両証人、証人野田斉、同福島房勝、同田辺寛三郎の各証言ならびに検証の結果を綜合すれば、次のような事実を認定することができる。すなわち恵楓園は昭和三十年度において患者約千六百名を収容する癩療養所であつて、癩以外の病気を併発して入院治療を要する患者および癩の重患者は一般に重病棟と呼ばれる本件指定病棟に収容されているが、それ以外の大部分の患者は軽症者であつて、通常の病棟に起居し平素農耕等に従事している。選挙の際歩行困難者以外の患者は当日園内に設けられる合志村第六投票所において一般投票の規定に基き選挙権を行使するが、歩行困難者はその所在病棟において不在者投票をなすのである。ところで恵楓園内の有権者数は合志村全有権者数の略々三分の一の割合を占め、そのため特に村議会の議員および長の選挙の際は候補者の園内有権者に対する選挙運動が激烈を極め、選挙の自由公正を害するような事態も起り勝ちである。又恵楓園に隣接して国立結核療養所再春荘(熊本県菊池郡西合志村所在)があつて、その規模は殆ど恵楓園に等しい。そして再春荘はその全部について被告により令第五十五条第二項第二号の指定がなされている。しかしながら再春荘に入院中の患者はその大部分が病院以外の場所に住所を有しているので選挙当日一般投票のできる者は患者の極く一部に過ぎないという点が、住所を園内に有する恵楓園の患者と著しく趣を異にするのである。

以上の事実によれば、被告が恵楓園につき病棟を限定して指定をなしたのは、同園全部を指定することにより不在者投票制度が悪用され選挙の自由公正が害されることを回避するためであると認められ、本件指定に特に著しい不公正の存することは認められない。又本件指定が前記再春荘に対する指定と内容を異にするのは両者の性格、環境に前記認定のような差異があるためであつて、両者につきことさらに不平等の措置を執つたものとは認められない。そして他に本件指定が裁量権の濫用であることを窺うに足りる資料は存しないから、本件指定には裁量権の濫用による違法もないといわなければならない。

してみれば右指定を無視してなされた冒頭記載の不在者投票に関する一連の手続は公職選挙法第四十九条、令第五十五条第二項第二号、第五十条第四項、第五十九条第一項にそれぞれ違反したものであり、すなわち選挙の管理執行に関する規定に違反したものである。そして本件村議会議員選挙における最下位当選人と最高位落選人の得票差は一票、村長選挙における当選人と落選人との得票差が九票であることは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争がないところと認められ、又違法に不在者投票をなした者は議員および長の選挙のいずれにおいても前記の通り百二十九名であるから、前記違反は選挙の結果に異動をおよぼす虞があるといわなければならない。

しからばこれと同趣旨の見解の下に、本件選挙につき合志村選挙管理委員会のなした決定を取消し本件選挙を無効とした被告の本件裁決には原告等の主張するような違法は存しない。

よつて原告等の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 川井立夫 高次三吉 佐藤秀)

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